お米の品種違いによる日本酒の味の違いが、
ワインと比べて注目されてこなかった背景
ここ7~8年ほどの間で、日本酒も原料のお米の産地違いで飲み比べができるような商品が増えてきたように感じます。以前は各飲食店で催されていた"日本酒の会"や、大規模に催事場を使って行われている日本酒フェスのようなイベントというのが、一つの酒蔵のもので異なる品種のお米を使ったお酒を飲み比べができる貴重な機会でした。そのような場合でも同一メーカーの商品ではあっても商品コンセプトや醸造の方向性が違うものであることが多く、純粋にお米の味わいの違いを楽しむということは難しい環境でした。
一方ワインの場合はブドウの品種によって味わいはガラッと変わり、ブドウの品種でワインを選ぶということが当たり前となっています。
●ワインにおけるブドウ
ワインにおいてブドウは味を左右する要素の中でも最も重要な位置づけとなっています。有名なワイン醸造家の多くが畑を持ち、自社で栽培から行っているのはそれだけ重要度が高い事の表れです。ワインは農作物に立ち位置が近い、と言われたりするのはこのような側面からです。
ワインの醸造過程は日本酒と比べるとシンプルで、アルコール発酵も単発酵と呼ばれるものです。ブドウ果汁に酵母が結びつくと、時間が経てばワインができ上がる、という程にシンプルです。シンプルであるが故に元のブドウによって味わいが大きく左右されます。
一方で、日本酒におけるアルコール発酵はより複雑な過程を経ています。並行複醗酵と呼ばれるもので、複雑な過程なのでワインほどにはダイレクトに原料の味わいに左右されません。また、このこともあって日本酒はワインと比べて造り手の技術によって味わいが左右される割合が高くなっています。例え不作の年で品質に劣る原料を醸造する場合でも、一定以上の出来のお酒に仕上げることが出来ます。常に一定レベル以上の結果を残すことができるという技術水準の高さは素晴らしいことなのですが、それは言い換えると原料のお米の味よりも、造り手の造り方による影響の方が味を大きく左右するということができます。
従来のお米違いの飲み比べも、違う原料のお米を使っている同一の酒蔵のお酒であっても商品コンセプト自体が違っており、味を比べてみた際でも原料違いの影響よりも造り方の違いの方が際立つケースがほとんどでした。しかし近年増えてきているのは、同じ造り方で違うお米を使うとこんなに味が変わるので飲み比べてみてください、というコンセプトで造られたものです。
●田んぼのロケーションの違いとお米の味わい
これまでは造り手の技術力に基づいた安定性、均一性が尊ばれてきましたが、ワインのように違いを楽しむ新しい価値観が根付いてきたと言えると思います。それでは実際に、収穫された田んぼの場所によってお米の味わいはどのように変わってくるでしょうか。
一般的に食用のお米においては、田んぼのロケーションの違いは日照量、寒暖の差の違いから、お米の食味の違いに繋がっているとされています。同一品種のお米においては、含まれるデンプン量が変わってくることが分かっています。日照量、寒暖の差以外の要素として、土壌の差や水質の差などの影響ももちろんありますが、他の要素と比べると影響は少ないとされています。
お米の食味の違いが、実際お酒になった時にはどのような違いとなって現れてくるかが気になるところなのですが、この分野に関してはまだまだ未解明な部分が多く科学的な研究は今後に期待されています。
●違いを楽しむという楽しみ方
日本酒において安定供給が重視されてこれまで醸造技術が最重要視されてきたのは、お酒の販売に伴う酒税が国の財政にとって無視できないほどの割合を占めていたためでした。その為、少しでも不良品の比率を下げ商品化される比率を上げるために、研究開発費が大きく割かれてきました。同時により高品質なお酒を造るためのお米の品種開発も行われていました。しかしそれは一つの理想形を追い求めるためのベストを模索する道で、それぞれの個性を活かす方向性ではなかったようです。ベストを目指すのに扱いにくい品種などは切り捨てられていました。ここ数年、使われなくなっていた酒米を復活させてお酒を造る動きがありますが、2000年代に入りNo.1よりオンリーワンという価値観が意識されだしたこと、そしてNo.1を目指してきていたこれまでに対する反動による部分があるように感じます。
世の中の価値観の変遷に伴いマーケットの需要が変わってきて、お金になる研究分野も変わってきています。違いを楽しむという楽しみ方自体が、酔う為のお酒とは一線を画する成熟した文化の表れだと思います。今後もお米違いの飲み比べなどは増える傾向があると思いますが、見かけた際には是非楽しんでみていただければと思います。