「魚には日本酒」と雑に語られるセオリー、
その裏側に潜むエヴィデンス



「魚を食べるなら、日本酒にしよう!」というのは、食事のお供を決める時によく聞かれる言葉だと思います。
例えば、その日の夕飯に富山から活きのいいブリのお刺身が届いていた時。
例えば、その日の夕飯にさばいてもらったばかりのサバを味噌煮にした時。
例えば、その日の夕飯に戴きものの金目鯛の干物を予定していた時。
せっかくだからビールじゃなくて、日本酒にしようか、と。

 確かに魚料理と日本酒は合うようなイメージがあります。ですが、白ワインもまた、魚料理とは合うはず。もちろんどちらのお酒の方が好きか、という好みも関わってくると思います。しかし、不思議と魚料理から連想するのは、白ワインやビールなどの他のお酒に比べて日本酒であることが多いのではないでしょうか?そこには文化や慣習の影響だけではなく、経験則に基づいたそれぞれのお酒のイメージが裏に潜んでいるようです。

●まず、合う、合わないとは...

 まずその料理に対して合うお酒、合わないお酒を考えていくにあたり、「合う」「合わない」というのがどういった状態なのか考えておきたいと思います。なんとなく雰囲気では分かったような気はしますが、話を進めていく上ではっきりさせておきたいと思います。
 対象の料理に対して「合う」という状態のものは、
1. 料理の味を引き立てるもの
2. お酒の味が良くなるもの
3. 料理の味もお酒の味も良くなるもの
などです。これをさらに具体的な味わいに落とし込んで考えていくと、
1. 料理の甘みやうま味が増す場合
2. お酒の甘みやうま味が増す場合
3. 料理とお酒、どちらも甘みやうま味が増す場合
であると言えます。甘みは炭水化物を象徴する味わい、うま味はアミノ酸であり、タンパク質を象徴する味わいです。どちらも人体には必要不可欠なものであり、人体にとって好意的な味わいとなります。
 反対に合わない組み合わせというものは、
1. 料理の苦味や渋みが増す場合
2. お酒の苦味や渋みが増す場合
3. 料理とお酒、どちらも苦味や渋みが増す場合

であると言えます。苦味や渋みは人体に対する毒性を象徴とする味わいで、身体には不快な味わいとして認識されるものであることが多く、不快味と考えられます。

●白ワインと清酒とシーフード

 日本酒、白ワインとシーフードとの相性を比較し、相性に影響を及ぼす科学的な要因を探った研究が報告されています。2011年に日本醸造協会誌にて発表されており、ざっくりと要約すると、以下の内容が報告されています。
 ・"するめ"と白ワイン及び清酒の食べ合わせで感じる味とにおいについての官能評価において、苦味、えぐみなどの不快味と生臭いにおいが清酒より白ワインで強くなった。
 ・魚介に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)などの多価不飽和脂肪酸の劣化により、独特な生臭さが生じることが報告されている。白ワインとの組み合わせで"するめ"に豊富に含まれる多価不飽和脂肪酸が酸化して不快味や生臭さが増したことが考えられる。
 ・清酒、白ワイン双方にDHAを添加したところ、清酒においてはほとんど変化が見られなかったが、白ワインにおいては苦味強度、生臭みの原因の一つであるアルデヒド類の濃度のいずれもが有意に増加した。
 ・清酒と比べて白ワインに多く含有される成分を、一つ一つ清酒に添加して苦味強度、アルデヒド類の発生濃度の変化を調べたところ、ワイン特有の亜硫酸が多価脂肪酸の酸化等を促進し、不快味と生臭みを発生させる可能性が示唆された。

 ・亜硫酸無添加の白ワインに亜硫酸を加えたものは、焼きアジとの相性の官能評価において、亜硫酸を加えていないものに比べて相性が悪いとされる傾向が出た。

●結論

 この研究報告から、白ワインは含有する亜硫酸によって多価脂肪酸を含む魚介類との組み合わせによって生臭さを生じる可能性があると言えます。DHAやEPAなどのいわゆるオメガ3を多く含む魚介類といえば、サバやマグロ、アジ、サンマなどの青魚が思い起こされます。これらの魚介類に対しては一般的な亜硫酸を添加したワインは合わない可能性があるということです。例えその他の魚介類に対して相性が良かったとしても、一部相性が悪い魚介類があるという点が、魚介類に対して広く不得手のない日本酒との違いになってきています。

 ここの部分が魚と相性のいいお酒といえば、ワインよりも日本酒の方が想起されやすい要因になっていると思われます。

●まとめ

・ざっくりとした魚料理というイメージに対しては魚料理全般に対して、広く不適合を起こしにくい日本酒が想起されやすい。
・白ワインの場合はその白ワインのタイプによる相性の問題もあるが、合う魚介、合わない魚介というものがはっきりと存在するので、ざっくりとした魚料理というイメージに対しては想起されにくい。
・もちろん日本酒においても最適解を探していく為には、魚料理→どんな魚なのか?→調理法は?→調味料は?と細分化して考えていかなければならない。
 生臭さや不快な味の発生と魚介の素材自体との関係性については言及されてきていますが、調理法によってどのように変化していくかということはまだまだ未解明で、今後の課題として挙げられています。例えば揚げるとどう変わっていくのか、焼くとどうか。他の調味料との食べ合わせによってはどう変化してくのか。

 自分自身も含め職業として日本酒や料理を扱う人間にとって、"魚料理"という大枠の言葉を使うこと自体が思考停止にほかならないと思います。一歩踏み込んでもう少し細かく考えていくことで、家庭以上の体験を提供することができるのではないか、と感じています。

参考論文

・藤田晃子:醸協,106,271-279(2011) 白ワイン清酒のシーフードとの相性ー亜硫酸が生臭いにおいと不快味の生成に及ぼす影響ー